酒蔵のライブハウス!モロミの中で起こる、熱い「発酵」のドラマ

酒蔵という名のライブハウスへようこそ
酒蔵の奥、ひんやりとした発酵室に足を踏み入れると、静寂の中に不思議な音が響いています。「シュワシュワ」「プツプツ」。それは、大きなタンクの中で繰り広げられている、目に見えない「熱いステージ」の音。
タンクの蓋を開けて中を覗けば、白く濁った液体が、まるで生き物のように泡立っています。これが「モロミ(醪)」。日本酒になる一歩手前の姿です。
このステージの主役は、数億個の「酵母」たち。脇を固めるのは、デンプンを糖に変える「麹菌」。そして、温度を調整し、タイミングを見極める「杜氏」は、さながら演出家のよう。
さあ、これから約1ヶ月にわたる「発酵ドラマ」の幕が上がります。麹と酵母が織りなす、その舞台裏を覗いてみましょう。
モロミとは何か
モロミは漢字で「醪」と書きます。これは、蒸し米・米麹・酒母、そして水を混ぜ合わせた、発酵中の液体のこと。白く濁っていて、表面には泡が立ち、甘い香りが漂います。このモロミを搾ることで、初めて透明な日本酒が生まれるのです。
モロミの材料は4つ。「蒸米」はアルコールの原料となるデンプンを含み、「米麹」はそのデンプンを糖に変える酵素を持っています。「水」は発酵を助ける環境を整え、そして「酒母」。これが重要です。
酒母とは、文字通り「酒の母」。酵母を大量に培養したもので、小さなタンクの中で約2週間かけて育てられます。日本酒造りには膨大な数の酵母が必要なため、事前にこの「酵母の軍団」を準備しておくのです。
この4つの材料がタンクの中で出会い、約3〜4週間(吟醸酒なら1ヶ月以上)かけて発酵していく。その過程こそが、日本酒の味わいや香りを決定づける、最もドラマチックな瞬間なのです。
三段仕込みという準備
日本酒造りには「三段仕込み」という伝統的な技法があります。モロミを仕込む際、材料を一度に全部入れるのではなく、3回に分けて段階的に投入していく技法です。なぜこんな手間のかかることをするのでしょうか。
答えは「酵母を守るため」。
もし最初から全ての材料を一度に投入してしまうと、酒母に含まれる酵母が大量の水で薄まってしまいます。酵母の濃度が下がると活動が弱まり、雑菌が繁殖しやすくなってしまうのです。そこで、段階的に材料を増やすことで、酵母を徐々に増殖させながら、常に元気な状態を保つ工夫がされています。
三段仕込みは4日間かけて行われます。

【1日目】初添(そえ)
まず少量の蒸米・麹・水を酒母に加えます。タンクの中はまだ余裕がある状態。酵母たちが新しい環境に慣れる時間です。
【2日目】踊り(おどり)
この日は何も加えません。「踊り」という名前がついていますが、これは休息日。酵母が静かに、しかし確実に増殖していく大切な時間です。
【3日目】仲添(なか)
材料を追加し、モロミの量を約2倍に増やします。酵母も十分増えているので、この量の増加にも対応できます。
【4日目】留添(とめ)
最後の材料投入。これで仕込みは完了し、タンクが満たされ、ここから本格的な発酵がスタートします。「留」には「とどめる」つまり「最後」という意味が込められています。
この段階的な方法には、他にもメリットがあります。酵母を徐々に増やすことで雑菌の繁殖を抑えられること、そして、急激な温度変化を避けて温度管理がしやすくなること。先人たちの知恵が詰まった、理にかなった技法なのです。
並行複発酵について

ここからが、日本酒醸造の技術的特長。モロミの中では「並行複発酵(へいこうふくはっこう)」という、特殊な発酵が起こります。
並行複発酵とは、2つの変化が同時に進行すること。1つ目は「糖化」、2つ目は「発酵」です。
- 糖化(とうか):麹菌のはたらき
米の主成分はデンプンですが、酵母はデンプンを直接食べることができません。そこで活躍するのが麹菌。麹菌が生み出す酵素が、米のデンプンを「糖」に分解していきます。これが糖化です。 - 発酵(はっこう):酵母のはたらき
麹が作り出した糖を、今度は酵母が食べます。酵母は糖を取り込み、「アルコール」と「炭酸ガス」に変えていく。これが発酵です。タンクから立ち上る泡は、この炭酸ガスが弾ける様子なのです。
日本酒の凄いところは、この糖化と発酵が「同じタンクの中で、同時に」起こっていること。麹が糖を作る傍らで、酵母がその糖をどんどん消費していく。まさに麹と酵母の息の合った共演です。
では、他のお酒はどうでしょうか。
▶ ビールの場合
大麦を麦芽にして糖化させてから、別の工程で酵母を加えて発酵させます。つまり「糖化→発酵」という2段階の流れに分かれているため、並行ではありません。
▶ ワインの場合
原料のブドウには元から糖分が含まれているため、糖化の必要がありません。ブドウ果汁に酵母を加えれば、すぐに発酵が始まります。つまり「発酵のみ」で完成します。
▶ 日本酒の場合
糖化と発酵が同じタンクで同時進行。これが並行複発酵です。
この並行複発酵は、日本酒が比較的高いアルコール度数に達しやすい理由の一つです。一般的な日本酒は15〜16%、原酒では18〜20%程度になることもあります。ワインが平均12~15%程度、ビールが5%程度であることと比べると、日 本酒のアルコール度数の高さが分かるでしょう。
麹が糖を作ると、すぐに酵母がそれを食べる。常に新鮮な糖が供給され続けるため、酵母は長時間にわたって元気に活動できるのです。もし糖が一度に大量にあると、酵母は高濃度の糖やアルコールに耐えられず、途中で活動を止めてしまいます。しかし並行複発酵なら、糖濃度を適度に保ちながら、じわじわとアルコール度数を上げていける。これが、醸造酒でありながら20%もの高アルコールを生む、日本酒独自の技術なのです。
▶ 温度と時間で決まる酒質
並行複発酵が始まると、モロミのタンクの中では激しい化学反応が起こります。酵母が活動すると「発酵熱」が発生し、タンク内の温度はどんどん上がっていきます。この温度をどうコントロールするかが、日本酒の味わいを左右する重要なポイントです。
温度が高すぎると、発酵が急速に進みすぎて雑味が出たり、せっかくの華やかな香りが飛んでしまったりします。逆に温度が低すぎると、酵母の活動が弱まり、発酵が途中で止まってしまうこともあります。杜氏は、この微妙なバランスを見極めながら、日々温度を調整していくのです。
▶ 普通酒の場合
一般に、普通酒は吟醸酒よりやや高めの温度帯で、比較的短めの期間で発酵させることが多いです。温度や日数は蔵や酒質設計によって異なりますが、15℃前後・3〜4週間程度を一つの目安として考えることができます。
▶吟醸酒の場合
温度は6〜10℃という低温で管理され、発酵期間は30日以上。長いものでは40〜50日かけてゆっくりと発酵させます。この「低温長期発酵」によって、リンゴや洋梨のような華やかな香り、いわゆる「吟醸香」が生まれるのです。
温度管理は、かつては杜氏が昼夜を問わずタンクに張り付き、手作業で調整していました。現在では、温度センサーや冷却装置、さらにはIoT技術を使った遠隔監視システムを導入する蔵も増えています。しかし、最終的な判断は今も人間の経験と勘に委ねられています。
杜氏はタンクの表面に立つ泡の状態を見て、発酵の進み具合を判断します。初期には筋状の泡(筋泡)が、中期には盛り上がるような高い泡(高泡)が立ち、後期には泡が落ち着いて表面が露出する(落泡)。この変化を読み取る技術こそが、職人の腕の見せ所なのです。
モロミ期間中の変化
モロミは「生き物のように変化する」とよく言われます。約1ヶ月にわたる発酵期間中、タンクの中の様子は日々刻々と変わっていきます。
【前期】発酵の始まり
留添が終わり、本格的な発酵が始まると、タンクの表面に小さな泡がポツポツと現れ始め、耳を近づけると「シュワシュワ」「プツプツ」という小さな音が聞こえます。これは、酵母が糖を食べて炭酸ガスを出している証拠。甘い香りが漂い始め、モロミは少しずつ活気づいていきます。
【中期】発酵の最盛期
発酵が最も活発になる時期。タンクの表面は大量の泡で覆われ、まるで真っ白な雲のよう。シュワシュワという音も大きくなり、甘い香りが発酵室全体に広がり、まさに「酒が生まれている」ことを実感できる瞬間。この時期が、温度管理が最も難しく、杜氏の腕の見せ所となります。
【後期】発酵の終盤
発酵が落ち着いてくると、泡は次第に少なくなり、やがて消えていきます。タンクの中は静かになり、モロミの色も白からやや黄色がかった色へと変化します。アルコール度数が高まり、酵母の活動も落ち着いてきた証拠です。
この約1ヶ月間、杜氏はモロミと向き合い続けます。泡を見て、音を聞いて、香りを嗅いで、時には味を確かめて、搾りのタイミングを見極める。数値だけでは測れない、微妙な変化を感じ取ることこそが、日本酒造りの醍醐味なのです。
モロミから日本酒へ
約1ヶ月にわたる「発酵ドラマ」が終幕を迎えます。麹菌と酵母が同じタンクの中で同時に働く「並行複発酵」。この技術が、醸造酒として最高レベルのアルコール度数を生み出しました。
杜氏は温度の推移を緻密に管理し、泡の形状から発酵の進捗を正確に把握することで、最適な上槽(搾り)の時期を決定します。熟練した技術と微生物の代謝系が高度に融合することで、日本酒という精密な醸造酒が完成するのです。
日本酒の華やかな香り、まろやかな甘み、キレのある辛口、その個性の違いは、すべてモロミの発酵で決まります。原料米が持つポテンシャルを引き出し、多彩な風味へと昇華させる。これこそが、並行複発酵という高度な代謝プロセスがもたらす成果です。

白嶺 Platinum 40磨き
純米大吟醸原酒
華やかで深みもあるメロンのような香りと優しい米の旨味。バランスの取れた旨味と酸味。
白嶺の仕込み水「不動山水」をも感じる柔らかく綺麗な口当たり。
思わず杯を進めてしまう大吟醸です。